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戒名の効用

2012年3月号

小川英爾

*戒名は日蓮宗では正式には法号といいますが、ここではわかりやすく戒名とします。


千葉での葬式の帰り、夜の新幹線車内で「ご前さまァ!」と声を掛けられました。スーツ姿で60代の男性が笑顔で立っています。ガッチリした体型で、日焼けしたお顔が酒のせいか少し赤みがかっています。失礼ながらお顔に見覚えはあるものの、とっさにお名前が出てきません。「そうですよね、大勢いられるから名前も覚え切れませんよね。そうそうこれだこれだ」と、差し出された名刺を拝見してびっくりしました。

数年前に安穏廟を求められたHさんなのですが、なんと縦型の名刺の上半分が、雪の積もった妙光寺の本堂のカラー写真です。しかもその下には横書きで「角田山妙光寺檀徒」、次いで「法号」と書かれて妙光寺が差し上げた生前戒名がご夫婦二人分並んでいます。その下に会社名と東京支店の住所。裏にお名前と自宅住所がありました。

驚いている私に「いやぁ、以前戴いた絵葉書の写真があんまりいいんで勝手に使わせてもらいました。さすが仕事の時は別の名刺ですが、親しくなった方には2枚目に渡すんです。そうすると会話が弾んで、妙光寺さんのことや戒名の説明でさらに親しくなるんですよ。」と、大きな声で嬉しそうに話されます。

Hさんは新潟にある土木会社の技術者として若い頃から世界各地に単身赴任され、最近は管理職として上野の支店に勤務。近くの入谷に部屋を借りて週末ごとに新潟に戻る生活とのこと。そういえば今日は金曜日。実は同じ入谷に妙光寺も檀徒さんの所有するマンションの一室を借りていて、私が法事や会議で上京する際に泊まります。初対面のときにお互いの場所を確認しあったら、なんと数軒隣のビルでした。そのうち一杯ご一緒しましょう、なんてお話になっていたのです。その偶然がまた車内でばったりですから、よほどご縁があるのでしょうか。

色々話し込みながら私は昔読んだ本のことを思い出していました。それは、ある小さな町工場の社長さんが、やはり菩提寺に戴いた生前戒名を会社の名刺の裏に書いていたそうです。日々この戒名に込められたお経の意味を忘れずに生きていこう、という自身への戒めのつもりでした。ところがこの名刺にしてから仕事がとても順調にいくようになったのです。「生前に戒名を受けられるような社長なら心配ないと、取引先や銀行から信用が増したせいだったのです。思いがけないご利益に、ますます身が引き締まる思いです」とありました。

Hさんは技術職で営業には役に立たないかもしれません。でも明るい人柄とあいまってのことでしょう、名刺のおかげで人間関係がとてもスムーズにいくようになったそうです。もちろん私が思い出した本の話はご存知ありません。同じ駅で降りたHさんは「これから息子の車で、施設にお世話になっている女房を迎えに行くんです。それじゃあまた」と、元気な足取りで雪の降る中を夜の駐車場に消えて行きました。とても暖かい気持ちにさせていただきました。

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